天空の蜂 感想

このエントリーをはてなブックマークに追加

hascds.jpg

オススメ度: ★★

あらすじ:

1995年の夏。
愛知県の錦重工業小牧工場へ家族とともにやってきたヘリコプター設計士の湯原(江口洋介)だったが、そこで大事件が発生。

なんと、工場の試験飛行場に格納されていた、最新鋭の大型ヘリが何者かに遠隔操作され、湯原の息子・高彦を乗せたまま飛び立ってしまう。

ヘリは福井県にある高速増殖炉・新陽へと辿り着いた後、上空でホバリングを始める。
そしてその後、「天空の蜂」と名乗る犯人から日本政府へ脅迫状が届く。

犯人の要求は、日本にある全ての原発を停止させること。さもなければ、新陽にヘリを墜落させるというのだが...?

adbcmvbsj.jpg

震災以来、原発を巡る問題はずっと我々日本人を悩ませてきました。
そのため、近年に公開される映画には原発を取り扱ったものが急激に増加してきましたが、その多くが単なるエンタメ作品に、「とりあえず原発の話を盛り込んでおけば社会派作品を名乗れるだろう」程度のスパイスとして使っているものも多いわけです。

そんな中、東野圭吾が約20年前に発表した原作を映像化したこの「天空の蜂」は、原発の問題に対して強い賛成/反対をするわけではなく、あくまで中立の立場から現実を描くゲームチェンジャーに...なるはずだったんですけどね。

しかし、堤幸彦監督がいつもの調子で、いや、いつも以上に絶好調で全てを台無しにしてくれています。

堤監督の映画を観ていつも思うことなんですが、彼はあくまでテレビドラマ向きの監督さんなのであって、映画には向いてないですよね。
「TRICK」や「SPEC」などテレビ版は面白いのに映画になると急につまらなくなるシリーズものを観ればそれは明らか。

今作でも、
①2時間20分という無駄に長い上映時間の中、登場人物たちが示し合わせたかのようにただの一度も言葉を被らせず、必ず相手が話し終わってから一拍おいて話し始める。

②みんないちいちオーバーアクション。

③キャラクターたちの口から「お前どこのポエマーだよ」と言いたくなるような、文学的で詩的な言葉が恥ずかしげもなくポンポン出てくる。

という、ダサすぎる演出を惜しげもなく次々と披露。他にはカメラワークも古くさかったりとか、挙げていくとキリがなさそう。特に後半で江口洋介が「俺は無力だぁー!!」って大声で叫ぶシーンは笑えましたね。ほんとに思ってんのかよ、みたいな。
映画の舞台は1995年ですが、監督、あなたの演出の手法は'80年代で止まっちゃってるんじゃないんですか、と問いたくなります。

映画.comの特設ページではやたらと「邦画嫌いな人へ!」とか「洋画ファンに告ぐ!」など洋画への深い恨みと妬みを感じる売り出し方をしていますが、この映画で用いられている演出法こそが、昔ながらの邦画の演出のダメなところを総結集させた権化のような作品だと思ってしまったのは私だけなんでしょうか。

asjcvbsj.jpg

私は原作未読ですが、この作品を観る限りだと、犯人の動機や事件の内容も、原発の問題に対してシリアスなメッセージを発信できるまでには至っていないと思うんですよね。

あんまり言及してしまうとネタバレになってしまうので言えないんですが、今作が発信しようとしているテーマはおそらく

①原発で働く職員さんを含め、原発から直接の影響を受けている人たちに対して国民が無関心でいることへの警鐘。
②原発に対する擁護/批判は、国民一人一人が原発に対する正しい知識を持った上ではなく、自分の周囲の人間に流されて行っている行為なのではないか?という問題提起。

の2つだと思います。しかし真犯人が原発を憎む理由が結局は私怨だったり、主役のヘリコプター設計士・湯原も残念ながら原発の問題そのものには全く興味がなさそうなので、原発の問題の方にあまり意識が行かなくなってしまっています。

そもそもこういう社会派メッセージを前面に押し出した映画では、作者がある程度どちら側の立場から話しているのかが明らかになっていないと、問題の深くまで踏み込んだ描写はできないはず。

この作品も例に漏れず、これほどの大事件を起こしているのに犯人の動機やバックグラウンドはかなりサラッとしか描かれず、しかもそれすらも、堤幸彦監督のいつものベタなリアクション芸なんかでシュガーコーティングされてしまっているので、緊迫感と熱量が決定的に足りていないのです。

実力派が集まった役者さんたちの中に数人混じっていた大根役者さんたちの存在も、緊張感を削ぐ要因の一つです。
特に女刑事を演じた松島花さん? 彼女の破壊力は凄まじかったですね。彼女の学芸会なみの演技には、観ていてもはや笑いすら浮かんでこず、ただ「アイタタタタ....」と目を背けたくなっちゃいました。

原発問題に真っ向から向き合おうとした姿勢は認めたいところなのですが、
その話題のタイムリーさと堤監督の演出の時代遅れ感が絶妙に噛み合っていないために、クライム・サスペンスとしても社会派スリラーとしても中途半端な残念作となってしまいました。

堤監督、もうこれからはテレビドラマに専念して、映画からは身を引きませんか?



関連記事
スポンサーサイト
Theme: 映画感想 - Genre: 映画

Comment

Leave a Reply


管理者にだけ表示を許可する