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「不屈の男 アンブロークン」は本当に反日映画なのか考えてみた。 (Unbroken)

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みんな大好きアンジェリーナ・ジョリーが監督を務め、2014年の冬に全米公開された映画、「アンブロークン 不屈の男」が、2016年の2/6(土)、ついに日本公開されます。

しかしこの映画、なんと公開前にも関わらず、日本国内(の一部)で批判の嵐を巻き起こしています。

一体なぜそんなことが起こったのか?

それは、この映画が第二次世界大戦下に日本軍に捕らえられ、収容所で非人道的扱いを受けながらも耐え抜いた男性の物語であり、日本人を悪者として描いた
「反日映画」
だからなんだそうです。

ここで、私の頭には一つの疑問が浮かびました。

日本では公開すらされていないのに、批判している人たちはちゃんと映画を観てから騒いでいるのか??

ということで今回はいつもと趣向を変え、この映画を観たことのある私が「アンブロークンは本当に反日映画なのか?」という疑問について、好き勝手な意見を述べてみようと思います。





映画としてのオススメ度 ★★★☆



あらすじ


1936年のベルリンオリンピックで活躍した陸上選手ルイ・ザンペリーニ(ジャック・オコンネル)は、第2次世界大戦時に兵役へ駆り出され、空軍パイロットとして戦地へ向かう。

しかし、仲間たちとともに操縦していた爆撃機が海に不時着。

食料も飲み水も得られず餓死しそうになっていたところ、そこに日本の水軍が現れ、彼らを捕虜として捉えてしまう。

日本の捕虜収容所で待っていたのは、日本兵たちによる非人道的な虐待の日々。
特にザンペリーニは、収容所のボスであるワタナベ伍長(MIYAVI)に目をつけられ、他の捕虜たち以上に酷い仕打ちを受ける。

実現はならなかったものの、1940年のオリンピックで走りたいと思っていた憧れの地、東京で深い絶望を味あわされることとなったザンペリーニ。
果たして彼は、無事祖国へ帰ることができるのか...

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思いの丈をぶつけてみた


「愛国心」って、難しい言葉だなあ、と思います。

生まれた国の中にある小さな町の、その中でも限られたコミュニティの中だけでずーっと生きてきた人が「俺の国こそが世界最高だ!」って叫んだって、あまり説得力がないと思うんですよね。

ましてや、外国が一体どんなところかを知る手段は新聞やテレビのニュース、インターネットに溢れる偏見に満ちた情報だけ...という人たちが、「あの国は最低だ!」「あの国の奴らなんて所詮は...」なんて不快な意見を撒き散らすのは、もっと間違っていると思うんです。

私がこの「アンブロークン」に寄せられた批判の多くを見ていて思ったのは、そんな「間違った『愛国心』を振りかざしている人が多いなあ」ということでした。

この物語は、1936年のベルリンオリンピックで、順位としては8位とメダルに届かないながらも、驚異的な記録を残し世界の注目を集めた実在の陸上選手ルイ・ザンペリーニの体験を元に構成された作品です。

生まれはアメリカながらもイタリア人の両親を持つザンペリーニは、近所の子どもたちから「イタリアに帰れ!」と殴る蹴るのいじめを受けていました。

実際のザンペリーニは自他共に認めるいじめっ子だったらしいですし、劇中でも警察から逃げながらタバコを吸ってたりする描写があるので、彼が素直にやられっぱなしだったのか、ということの真偽は定かではありません。
ですが映画としてはこのシーンによって、アメリカ人だって、自分と違う存在には残酷になってしまうこともあるのだということを印象付けることに成功しています。

つまり、この映画が「アメリカ万歳! アァメェリカァァァァ!!!」な物語ではないよ、と観客たちに教えてくれているというわけです。

そんな彼は兄の勧めと励ましによって、陸上競技の道を志して毎日ランニングを始めます。

理不尽に受け続けた暴力を暴力で返すのではなく、自分が強くなった姿を相手に見せることによって、相手のことも自分のことも受け入れていく。それが彼の信条だったのだと思います。

そのことを象徴しているのが、冒頭の教会でのシーン。
家族で教会に来たザンペリーニは、神父様の「罪を許し、罪人には微笑むのです。」という説教を、大きな目を見開いて聞いています。

そして神父様は、「闇は唯一の例外だが、夜を乗り越え、あなたの敵を愛するのです」とも付け加えます。

そう。この映画はつまり、「許し」の物語なんです。

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兄との日々のトレーニングによってグイグイ実力をつけ、ついにはオリンピックの代表選手となったザンぺリーニ。
1936年のベルリンオリンピックでは残念ながら8位。しかし、最終ラップで驚異的な記録を残した彼は、1940年に開催予定だった東京オリンピックでメダルを獲得することを夢見ていたわけです。

しかし1939年、第二次世界大戦が勃発。
東京オリンピックは開催自体がなくなり、スポーツ選手のザンペリーニでさえも、兵士として戦争に駆り出される時代へ突入してしまいます。

仲間たちと爆撃機に乗り込み、ハワイ上空を偵察していたザンペリーニでしたが、敵の襲撃を受けあえなく墜落。
その後は、食料も水もないまま、47日間もの間漂流生活を続けることを余儀なくされたのです。

映画的に言えば、ここの漂流シーンはあんなに尺要らなかったですよね。
サメとの戦いとか、あんまり大筋に関係なかったでしょ。あそこをもっと削ったら、この映画はもっとスリムにできたよね、って思うと残念ですねえ。ここで一気に眠気に襲われる人も多いのではないでしょうか。

もはや餓死寸前のザンペリーニと仲間たちは、通りかかった船に乗せられて、どこかに連れて行かれてしまいます。
ああ、ようやく助かった...と思ったらそうでもありませんでした。

彼が連れて行かれたのは、オリンピックで走るべく、ずっと夢に見ていた土地である日本。
しかしそこで待っていたのは、熱烈な歓迎でもトラックでもなく、理不尽な暴力が支配する尋問と強制労働の日々でした。

ここで登場するのが、この映画最大の悪役であり第二の主人公・ワタナベ伍長だというわけです。

ここから始まる、ワタナベ伍長による虐待の数々を描いたシーンが「反日映画」と呼ばれる原因なのだと思います。

確かに彼の暴力は理不尽かつ不条理で、見ているこっちまで辛くなってきます。「もういい加減にやめろよ!」とついつい叫びたくなってきてしまうほど。

以下の動画は、本物のワタナベ伍長がリポーターからの厳しい質問たちに、時々言葉を濁しながらも答えたインタビュー映像です。
かつての同僚からも、「彼は日本軍の仲間たちからも嫌われていた」という証言があったり、明言は避けていますが、本人もザンペリーニに対して暴力を振るっていたことを認めていますね。



で、そんな彼の描写を見て私は...

「これは反日的思想のプロパガンダだ!」とは全く思えなかったんですよね。

まず考えなくてはいけないのが、「日本の何に対して『反』なのか」ということだと思うんですよ。

この映画は、「日本は暴力的な国家だ! 反省しろ!」と言っているということでしょうか?
「誇り高い日本人は、戦時中であってもこんなひどいことをしたわけがない! 嘘だ! 撤回しろ!」ということ?

それとも単に、「日本人を悪い奴みたいに描きやがって! 俺たちの国を愚弄したな! 許さん!」なんでしょうか?

私、この映画に対する批判を色々読んでいて、それらに共感するよりむしろ、日本人ってやっぱり傲慢なんじゃないかな、と思わされてしまったんですよね。

戦時中ですよ? 収容所で敵国の捕虜に拷問や労働をさせていたことだって、おそらくどこの国でも起きていたことだと思うんです。
他の映画でだって、例えばアメリカ映画の中でドイツ軍が捕虜に拷問している、みたいな描写をしているものなんかはたくさんあるわけですよね。

それらを見て「これは反独映画だ!」「プロパガンダだ!」と叫ばずに冷静に見ていられるのは、自分の国の人が悪者として出てこないからですか?
それとも、「当時のドイツは誰が見ても悪い国だったから」ですか?

他の国で似たような内容の映画、いやそれどころかもっと残酷な描写がされた映画が作られたら「リアルだ」とか言って褒めるのに、その対象が自国になった途端、映画を観もしないで「これは日本を馬鹿にした反日映画だ!」 「上映するな!」 「アンジーはとんだ反日思想の売女だ!」とか罵詈雑言の嵐を浴びせるのっていかがなもんなんですかね。

戦時中に自ら攻撃を仕掛けていった歴史だってある私たちなのに、
そんな日本人だけが100%クリーンな被害者だって、まさか本気で信じているんですか?

前置きの時にも言ったのですが、批判が出始めた段階ではこれ、まだ日本で公開の予定すらされてなかったんですよね。
ちゃんと映画も観もせずに、「アメリカ人に日本人が虐待をする」という内容を聞いただけで全てを悟ったかのように作品を潰しにかかる、っていうのは、愛国心と自国への盲信を履き違えちゃってるんじゃないの、と少し思います。

もしこれが反日映画だっていうなら、日本だってつい最近に、反カナダ映画を造ってるじゃないですか。

ほら、あれですよ。

カナダで差別や迫害に苦しみながらも、自分たちのやり方を貫くことで名チームへと上り詰めていった野球チームの実話を描いた、
「バンクーバーの朝日」のことですよ。



1900年代の初頭、日本で働ける場所が少なく、労働の機会を求めてカナダに渡った日本人たちが、カナダ人に殴る蹴るの暴行を受けたり差別用語で呼ばれたりしながら、日本人らしい自分たちのやり方を貫くことでヒーローになっていった、っていう物語を描いたお話なんですが、

もし「アンブロークン」が日本の暴力性を批判した映画なんだとしたら、紛れもなく日本製作の「バンクーバーの朝日」だって「暴力や差別に負けず自分を貫いた日本人は偉い! カナダ人は暴力的、差別的なひどい奴らだ!」っていう映画と捉えられちゃっても、一言の文句も言えないですよ。

でもこの映画が公開された時、「これはカナダの人たちに失礼だろ!」っていう意見って出てましたっけ? 少なくとも私はそういう意見、全く見かけなかったんですが、いかがでしょう?

でも私、「バンクーバーの朝日」を見て、逆に日本人の「島国根性」ってやつにうんざりさせられちゃったんですよね。

まずからして、日本人がカナダに渡ったのは「稼いだ分を日本に持ち帰る」ためなわけで、カナダ人の労働機会と経済を脅かす存在に、自ら進んでなってるわけじゃないですか。

そんな中、英語を必死で勉強してカナダの日本人学校で働き、白人の同僚とお付き合いして、カナダという国に順応して生きていこうとする主人公の妹よりも、

英語を学ぼうという姿勢は欠片も見せず、日本人のコミュニティにこもって、酒場で酔っぱらっては「あんな白人どもになんか負けるか!」とくだをまく父親の方をヒロイックな存在として描いている時点でどうなの? という気がします。

劇中で主人公の妹が、カナダで稼いだお金を全部日本に送ってしまい、家族を貧困に導いている父親に対して、
「そうやっていつまでも出稼ぎ根性が抜けないから日本人はこの国から出てけって言われるんだよ。」
「英語も覚えないし日本人としか仲良くしない。カナダの人たちのことなんてわかろうともしない。だから馬鹿だ貧乏だって見下されるんだよ、地位だって向上しないんだよ!」と言い放つシーンがあるのですが、あれ、400%の正論ですからね。

相手のことを理解して、自分たちの問題に向き合おうとはしないのに、
自分たちが少しでも「攻撃された!」と感じた瞬間に、そこにどんな意図が汲み取ろうともせずに被害意識だけを先走らせちゃう、っていうの、日本人にありがちだと思うんですよ。

回り道しちゃいましたが、今回の記事のテーマである「アンブロークン」に批判が集まっちゃったのは、日本人のそういう気質が原因なんじゃないかなあ、というのが私なりの分析です。

まあ確かに誤解を与えちゃう部分があったのも確かだとは思います。

それは、ワタナベ伍長がザンペリーニに固執していた理由がいまいち不明瞭だったこと。
彼が有名だったから? 彼が強情だったから? それとも彼を痛めつけることに、何か性的な快感を得ていたからなのか?

YouTubeで公開されている予告編に対して寄せられたコメントの中に、「批判を寄せている人はこういう風に思っているからこそ、日本人が馬鹿にされていると思っているんだろうなあ」というのがわかりやすいコメントがあったのでご紹介します。

とんでもねーコメントだな

「なんだこの、もやしオカマの日本兵は。」

いやあ、最高ですね。この偏見と差別的目線に満ちたコメント。

アンジーが彼をどこから見つけてきたのかはサッパリですが、ワタナベ伍長を演じたシンガーソングライター/ギタリストのMIYAVIは確かに声も高め、見た目もどこか中性的なイメージがありますが、まさかこんな差別用語が飛び出してくるとは。

このコメントを読んで私は悟ったんですよ。つまり、
「日本人はオカマ野郎が性的倒錯による快感を得るために暴力を振るう国のように描かれている」→「日本はそんな奴ばっかりだと思うな! 馬鹿にするな!」っていう理由でこれが「反日」と主張している人もいるんだな、と。

この映画が「反日」と唱える人々が、本来ならば擁護してあげるべき自国民のことまでこんな差別と偏見に満ちた目線で見ているんだから、そりゃあ外国人のことはもっと嫌な目で見てるに決まってますよね。

私はMIYAVIの演技、すごく良かったと思います。
登場のシーンから圧倒的な存在感を放っていて、英語も聞き取りやすかったし、ザンペリーニを殴るシーンでの目のイキっぷりは狂気を感じさせるほど。

映画出演が初めてとは思えない素晴らしい演技を見せてくれていたのに、ラストシーンで「見るなぁ〜!!」と絶叫するシーンだけ急に芝居っぽくなってたのが残念でしたね。あそこは多分、アンジーの演出ミスだと思います。うーん、彼の演技自体は抜群に良かったんだけどなあ。

ちなみにMIYAVI本人は、以下の動画で「人がどれだけ強くあれるか、というのを感じていただければと思います」と言っていますし、悪役でありつつも、日本人を責めるために存在する役柄ではないということを理解して演じているんだということが伝わってきますね。



そうして様々な苦難を乗り越えたザンペリーニは、最後の最後、物語でいうとエピローグの部分で、あれだけ辛い目に遭いながらも収容所で起きた事件を「許した」のだということが、力強くはっきりと示されます。

映画最大のネタバレとなってしまうので、そのシーンへの具体的な言及は避けますが、この映画が言いたいことというのはつまり、
「真に強い人間というのは、全てを受け止めた上で、罪を許していける大きな心を持った人なんだ」ということなんです。

この映画をちゃんと最後まで見れば、日本という国の暴力性を批判した映画ではないということがちゃんと分かるはず。

もしも映画を観ずに批判していた人がいるとするならば、ちゃんと映画を観て、具体的にどんな描写が「反日」感情を煽るものだったのかということを自分の中で反芻しましょう。

それでもなお、これが反日映画以外の何物でもないと思ったのなら、その時初めて筋道立った批判ができるのではないかな、と思います。

さてさて長くなってしまいましたが、この「アンブロークン」は演者たちの力演も手伝って、一本の映画作品としてもなかなかに面白いものに仕上がっています。

上映館は少ないですが、その話題性から内容が気になっていた人も多いはず。
この映画を観たことはなかったけれど、予告編だけを観て「反日映画」だと叩いていた人にはぜひ劇場へ足を運んで、真実を確かめてみてほしいと思います。

そうして映画を観た人たちの中で、反日だのプロパガンダがどうだのではなく、「このシーンが良かったね」「あの演出は微妙だったね」なんて楽しく語れたら、その方が何百倍も楽しくて、素敵なことだと思いませんか。



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Theme: 映画感想 - Genre: 映画

Comment

  • 2016/02/08 (Mon) 14:17
    晴雨堂ミカエル #- - URL
    足跡からやってきました。

     世の中、短兵急な人が多い。新聞の見出しだけで判ったような気になる人があまりにも多いですし、そういう私自身も勇み足は多々あります。

     アンブロークンの描写自体は大した映画ではありません。それよりも中・朝・韓の戦争映画では日本人のデフォルメがひど過ぎて、当の中国人自身が「説得力が無い」といっている状況です。

     ただ、主人公を虐待する伍長は少し違和感があります。不満の人たちは「オカマ野郎」なんて言葉を充てるでしょうが、全く無根拠ではなく、兵士らしさが無い。
     髪も長すぎます。伍長なので比較的偉そうにできる身分ではありますが、あの長さだと上官から目をつけられます。せめて二枚刈くらいに短く切ったほうが良かったですね。
     前線では散髪の余裕がないので伸びている人もいますが、本来は分隊単位でバリカンを保有しているので、銃後では厳しく服装の乱れを正されます。
     それから軍人の所作をもっと特訓して馴染ませる必要があったかなと思います。

     それからこれは推測ですが、MIYAVI氏もたぶん脚本の中には違和感を抱いたのではないかと思います。

  • 2016/02/08 (Mon) 14:45
    UC #- - URL
    Re: 足跡からやってきました。

    晴雨堂ミカエルさん、コメントありがとうございます!

    ランキングに載ってたベッキーの記事を拝読してました...
    ブログの「アンブロークン」の記事も拝読しました!
    今まで日本だって、相手国からしたら「反~映画」と捉えられそうな映画を散々撮ってきてるのに、 何を今さらって思っちゃったんですよね。

    MIYAVIのたたずまいに関してはそこまで深く考えられていなかったですね... もっと日本兵のリアリティを追求していれば批判も減ったのかもですね。ご指摘ありがとうございます!

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Trackback

2016/02/08 (Mon) 13:57

これは「反日」映画なのか?  批判を覚悟、捕虜虐待の軍曹演じた決意  「アンブロークン」のMIYAVI  「日本軍の捕虜虐待を強調している」――。作品や原作に対するそんな反発が米国での公開前からネットを中心に広がり、日本での公開が一時は暗礁に乗り上げたアンジェリーナ・ジョリー監督の米映画「不屈の男 アンブロークン」。「反日」批判から劇場探しも難航したが、ようやく来年2月、まずは東京...

ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋 - http://seiudomichael.blog103.fc2.com/blog-entry-2812.html
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