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この世界の片隅に ネタバレ注意感想 守りたい、私たちの日常。

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※作品の大部分をネタバレしています。


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オススメ度 ★★★★★



あらすじ


昭和19年の広島。18歳の浦野すず(のん)は、顔も見たことのない若者から求婚を受け、生まれ育った江波から離れたへと嫁ぐこととなる。

絵を描くことが大好きで、世界を美しく見ることが得意だった彼女は、一転して現実的に物事を見ることが求められる主婦に。

夫となった北條周作(細谷佳正)、そしてその家族と、望郷の思いを抱えながらも今の生活を受け入れ、楽しく生活していくすず。

しかし、やがて戦争は激化。日本海軍の要となっている呉はアメリカ軍によるすさまじい空襲にさらされ、数多くの軍艦が燃え上がり、美しい町並みはあっという間に瓦礫に変わっていく...

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感想


昭和20年といえば、その時代に生きてはおらずとも、日本人なら誰もが知っている、忘れてはいけない事件があります。

その事件の凄惨さ、戦争の恐ろしさを忘れないために、これまで様々な映画が作られ、その多くは名作として語り継がれることも多いですね。

けれど、こうの史代による漫画を原作とした今作「この世界の片隅に」は今までの戦争映画とはかなり毛色の異なる作品。

終戦前後の広島は呉、「ごく普通の」主婦として暮らした主人公の女性が、苦しい状況の中、毎日をどのように過ごしたか。戦時下で、どうやって幸せを探したか、という民間人の日常を、驚くほど淡々と描いた物語となっています。

時は昭和10年。
主人公の浦野すず(のん)さんは、広島・江波に住む、空想が大好きで絵が得意な女の子。

今日も、妹のすみ(潘めぐみ)ちゃんに、自分が街に出た時の体験を絵に書いてお話ししています。

街にお使いに出た時、大きくて毛むくじゃらな男の人に、人が何人も入りそうな大きな籠に乗せられて運ばれた時のお話。
どこに向かうんだろうとぼんやり考えていると、自分の目の前に男の子が座っていることに気がつきます。

「こいつは人攫い」という少年の顔はどこか幼げで、でもなんだか頼もしげで。
少年の考えた方法で脱出を試みた2人は、無事にそれぞれの家に帰って行ったのでした...

すずさんは、「私はぼんやりしてるから、夢だったのか現実だったのか...」と言っていますが、とにかく言えるのは、彼女は時に夢の世界と現実の世界の区分がわからなくなってしまうくらいに想像力が豊かで、今生きている世界を誰よりも美しく見ることのできる人物だったということです。

それを象徴するエピソードが一つ。
小学校の図画工作の授業。絵を描き終えた人から帰宅しても良いという課題で、絵の得意なすずさんはあっさりと終了。
そんな彼女が海辺を通ると、まだ絵を描いている上級生が一人。

彼の名前は、水原哲(小野大輔)
家庭の事情が複雑なせいで、自分の今いる場所が好きになれない、広島の広大な海を嫌いになりたい、という彼にすずさんは、海の波が自由に跳ねるうさぎみたいだね、と幻想的な絵を描いてあげるのです。

私たちが生きる現実の世界にも、少しのきっかけから素敵な景色を見つけ出すことのできるすずさんは、どこか浮世離れした存在でもあるように思えるのですが...

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時は戦時中。すずさんだって、いつまでも夢見る少女ではいられません。

昭和19年、18歳になったすずさんは、そろそろお嫁に行く年齢。
ある日、彼女をお嫁にもらいたいという男性が現れ、彼女に求婚すべくはるばる呉の地から足を運んできてくれたのです。

でも、その男性とは今までに会ったこともないどころか、生まれや顔だって見たことがない人のはず。どうやってうちのことを知ったのか...(観客の皆さんはその運命的な出会いにハッとさせられるはずですが)

絵が大好きで、夢見がちで「ぼんやり」した少女だったすずさんも、一転して現実を見据え、一家の家計や生活を支える主婦に。故郷から遠く離れた土地で、今まであったこともない人たちといきなり新しく家族になり、大好きだった絵を描く暇なんてそうそう貰えない生活にはストレスも多かったはずです。

けれど、ここから続くすずさんの物語は、今が戦時中とは思えないほどのどか。

夫となった北條周作(細谷佳正)さんは、あまり口数多い方ではないけれど優しくて頼り甲斐のある人。すずさんは今の生活を愛して、楽しんで過ごしていこうと心を決めるわけですね。

嫁ぎ先から戻ってきたお義姉さん・径子さん(尾身美詞)は厳しくてちょっと怖いけど、お義父さんの円太郎さん(牛山茂)もお義母さんのサンさん(新谷真弓)もすっごく優しい。
何より、径子さんの娘・晴美ちゃんが無邪気で可愛らしい。今の家族もいいじゃない、と思うのも無理はありません。

今までほとんどやったこともなく慣れない家事でも、バイオリンを弾くかのように食材を鍋に落としたり、なんでもない日々を幸せに演出することにかけては誰にも負けないすずさん。

戦時中だし、生活は苦しかったはずなんです。
配給では一家全員で食べたら1日も持たないほどのお米で3日間を乗り切らなければならなかったり、調味料を手に入れるには、闇市に行って法外な値段を払わないといけないなど、あくまで一般庶民である北條家が特別に裕福で楽な生活を送っていたから、この物語がのどかなものになったわけではなくって。

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すずさんの言葉を借りるなら、「戦争をしよっても、蝉は鳴くし、蝶々は飛ぶ」わけで。
自分の生きる世界がどんな状況にあっても、人間はそれを受け入れて、自分なりの幸せを探していくしかないんですね。

とりわけ戦争中、日本最大級の軍港地として知られた呉の街に暮らした彼女たちは、常に空襲による死の危険と隣り合わせ。2016年の現代に生きる私たちが想像できる範疇をはるかに超えるほどに厳しい状況の中で、「普通の」幸せを手に入れようと、毎日を明るく楽しく生きようとした人たちの毎日が記録されているからこそ心に響くというか。

海軍に入った水原さんが、一晩の宿を求めて北條家にやってきた時、周作さんは水原さんを家の中ではなくて納屋に泊まらせ、すずさんも家から締め出してしまって2人で夜を過ごすように言いつけます。

以前は水原さんも、すずさんのことを「浦野」と呼んでいましたが、今は「すず」と呼んでくることから、自分が北條家の人間になったのだということを実感していました。

すずさんも本当は水原さんに心惹かれていたことがあったけれども、今は見ず知らずの人だった周作さんのことを愛し始めていたし、北條家の人間としての自分を受け入れ始めていたことから、水原さんの誘いに揺れつつも強い意志を持って断ることを決めます。

そんなすずさんに、水原さんは「すずは普通じゃのう。こんな世界の中で、お前だけはこれからもまともでおってくれ」と優しく語りかけます。
今の辛い世界で、自分の居場所を受け入れ、目の前にある幸せを守ろうと強い誓って生きることのできる彼女こそ、「普通」な人間の代表として描かれるに値する人物だと思うんです。

闇市に行った彼女が遊郭に迷い込み、見た目は華やかなのに、どこか物憂げに見える女性・リンさんと出会う場面などは、一家の主婦として生きる人々だけの人生ではなく、自らの力でお金を稼ぎ、時には自分の体を売ってでも生きていかないといけない女性の人生の苦しさなどを表しているようにも思えましたが、でもだからってそれが不幸というわけではないんです。すずさんの、リンさんへの憧れにも似た目線からもそれは伝わってきます。

すずさんがこんなにも生き生きとして、まるで彼女が本当に目の前にいるようにすら思えるのは、演じるのん(元:能年玲奈)ちゃんの演技がハマりにハマっているから。普段からのんびりしたキャラクターの彼女は、まさにすずさんの性格とピッタリだっと言えるのではないでしょうか。

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すずさんが北條家にやってきて数ヶ月が経ち、時は昭和20年。日本の、そして世界にとって忘れてはならない年に突入します。

呉への空襲は激化、警報が毎日のように鳴り響き、配給だって少なくなります。今までと同じような生活を送ることも、難しくなってきてしまうのです。

空襲で落ちてくる爆弾の絵が、それまで貫かれていた暖かい手書きアニメーションではなく、リアルなCGで描かれているところからも、戦争の恐ろしさに現実味が一気に増してきます。

戦時中でも、まるで平和な世の中に生きているかのようにのどかな毎日が描かれてきたからこそ、そんな日常が一瞬にして崩壊していく様子に息が詰まる思いをさせられてしまいます。お義母さんの、「みんなが笑って暮らせたらいいのに」という言葉が痛いくらい、胸に響いてきます。

街の男性はどんどん軍役に取られていって、ついに周作さんも、3か月は家に帰れないという仕事に就かされてしまうことになり、一家を守るべきはすずさんの手に託されてしまいます。

そんな中でも強く生きよう、周作さんの帰りを、この家で待とうと決めたすずさんでしたが、そんな中で事件が起こります。

呉の地が安全ではないとわかった今、径子さんは晴美ちゃんを元夫の実家である山口に預けるため、列車での旅を決意。
お見送りに出たすずさんは、径子さんが用事を済ませている間に、晴美ちゃんと2人で戦場での怪我で入院をしていたお義父さんのお見舞いに行くことに。

しかし、その帰り道で空襲警報が発令。
急いで近くの防空壕に隠れ、命からがら難を逃れた彼女たち。しかし、一度外に出てみれば、街は破壊され、多くの人々が住む家を奪われています。
茫然自失としている人の姿を横目に見ながら、再び径子さんを探しにでた2人。

その道中、兵隊さんたちから不発弾に注意するように呼びかけられる2人。昔学校で、「不発弾は時限爆弾のようなものだ」という話を聞いたことを思い出していると、そのすぐ横に、不発弾が-

気がついた時には、すずさんは布団の中。横には泣き続ける径子さんの姿が。
あの時。不発弾が爆発し、不発弾があった側を歩いていた晴美ちゃんは亡くなり、すずさんも、晴美ちゃんの手をつないでいた右手を失うことになってしまったのです。

晴美ちゃんを死なせてしまった。あの時、晴美ちゃんとうちのつないでいた手が逆だったなら、晴美ちゃんは生きていたかもしれない。今までたくさんの絵を描き、北條家を支えてきた、そしてたくさんの絵を描いて、この苦しい世の中に幸せを見出してきた右手を失ってしまった。

2つの絶望から、すずさんはすっかり生きる気力、力強さを失ってしまいます。
みんな、「すずさんが生きていてよかった」「右手が感染などしていなくてよかった」「よかった」と何度も行ってくるけれど、一体どこが「よかった」のかが全くわからない。

今の世界を受け入れていく必要があっても、こんな悲劇の起こる世界は許容してはいけないんです。
失わなくてもよかった命が奪われる世界で、その一部だけを失っただけで済むことを「よかった」で済ませてはいけないんです。

でも、それでも人は生きていかなくてはいけない。「普通の」日々を生きる主婦である自分にできることは、毎日の戦いを生き抜いて、戦争が起きている中でも意志だけは負けずに強く生きていくことなんだ、とある日の空襲で心を新たにしたすずさんは、「それでも、ここ(呉)で生きていく」と決意を固めます。その強い気持ちに、私たちも心を動かされてしまいます。

新たな切り口から戦争を描いた「この世界の片隅に」は、もしかしたら「映画」を観ている感覚が薄く感じられる作品かもしれません。

でも、それは決して「説教くさい」というネガティブな意味ではありません。

日本に生きる私たちが忘れてはいけないこと、「今」だからこそ思い出したい気持ちを思い出させてくれる別の「何か」。みんなの力で大事にしていかなくてはならない物語なのではないかなあ、なんて、私にもぼんやりと、でも強く伝わって来きたのでした。



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Theme: 映画感想 - Genre: 映画

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