モアナと伝説の海 (Moana) ネタバレあんまりなし感想 海が呼んでる。

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オススメ度 ★★★★☆



あらすじ


むかしむかし、生命を司る女神テ・フィティの心を盗み出したものがいた。
神によって力を与えられた半神半人のマウイ(ドウェイン・ジョンソン)だ。

彼は奪ったテ・フィティの心を人間への贈り物としようとしたのだが、同時に目覚めた溶岩の魔人テ・カーによって撃ち落とされ、テ・フィティの心とマウイの両方共が海の底へと消えてしまった...

それから1,000年が経過。
モトゥヌイの島に生まれ、幼少の頃、海に選ばれた少女モアナ(アウリイ・クラヴァーリョ)は厳格な父トゥイ(テムエラ・モリソン)によって島の外へ行くことを禁止されて育ってきたが、それでも海の外にある世界への憧れは尽きない。

しかしとある事件をきっかけに、モアナはマウイを探し、テ・フィティに心を返すための旅に出ることとなる...

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感想


自然に囲まれた南国で、青く広い大海原を歌いながら冒険する1人の少女... それを聞いただけで胸を熱くさせられるのは私だけ? ...なーんて思っていたら、やっぱりこれはみんなの夢。
そしてその冒険はそのものが目的なのではなく、冒険を通じて本当の自分を見つけることが目的だったり。

ディズニーが最新鋭の映像技術をふんだんに使って描く最新作「モアナと伝説の海」には豪華絢爛なお城も、白馬に乗った王子様も出てこなければ、もはやラブストーリーすらないけれど、それでもこんなにも胸を熱くさせてくれたのはいつぶりでしょう。

主人公モアナ(アウリイ・クラヴァーリョ)は海に選ばれた女の子。「海に選ばれる」なんて不思議な表現ですが、冒頭で描かれるあの美しい映像を観たら、言葉なんかよりよっぽど簡単に理解できるはず。

赤ん坊だった彼女は、祖母のタラ(レイチェル・ハウス)の語る、女神テ・フィティの恐ろしい物語を聞かされて育ってきました。

女神テ・フィティは生命を与える力を持った女神でしたが、それに目をつけた半神半人のマウイ(ドウェイン・ジョンソン)が彼女の心となる宝石を盗み出し、それによって溶岩の魔人テ・カーが目覚めてしまいます。

テ・カーの強大な力のもとに敗れたマウイと宝石は海の中にその姿を消し、さらになんとテ・カーは世界を闇に包もうと暗躍しているのだというのです。

それを聞いた村の子どもたちがおびえて泣いてしまう中、モアナだけは違いました。いつか自分がマウイを見つけ、一緒にテ・フィティの心を返しに行くんだと、自分を将来待っているであろう冒険に胸を躍らせていたのですね。

でも、彼女の住む村は外界から隔離されたモトゥヌイ島の一角。
かつてよりの言い伝えで、海を渡ってはいけないということになっているどころか、浜辺に行くことすら禁じられています。外には何があるかわからなくて、危険だから。

でも、村の住民たちはそれに疑問を抱くことはありませんでした。
「今あるもので十分満ち足りている」と考えているから、外の世界のことなんて知らなくても、身近にあるものだけで生きていけると、そう思い込んでいるというわけですね。

そんな中、モアナだけは成長していく中でもずっと遠くの海に思いを馳せ続けています。あんなにも遠くまで広がる海があるのに、実際に試してみることもせずに危険だと避け続けているよりも、もっと自分は挑戦してみたいという思いがあったわけです。

モアナの唯一の理解者であり、海辺で踊ることが大好きなおばあちゃんは、自分のことを「変わり者」と呼びました。でも、それを恥じている様子はどこにもありません。自分の好きなことをできることを、他人に遠慮することなんてありませんもんね。

実際の私たちの暮らしの中でも同じことは起きているのではないでしょうか。
生まれたところから出ることをせず、一生同じ郵便番号を使い続け、小さい時からの知り合いとずっとつるんで生きていく... たしかにリスクは少ないけれど、それでは新しい自分と出会うことってなかなか難しいと思うんですよね。

今作「モアナ」でのテーマは、主人公モアナの自己実現。他のディズニー映画のテーマも同じだろうと言われてしまったら、たしかにそれ自体が100%新しいものとは言えないかもしれません。

でも今作が他のディズニー作品と決定的に違うのは、自己実現の方法を、運命の恋など他人との関係性の中に求めていないところにあると思います。

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村長の娘、そして次の村長として自分が村の人々の期待に応えなければいけないという思いから、今の自分の生活を愛するように自分に言い聞かせるモアナ。
彼女は村の住民たちからもうまくやっていると評判で、モアナ自身もみんなの役に立てていることに充実感も覚え始めていたのですが...

しかしそんな中、とあるニュースが飛び込んできます。
島の近くの海で、全く魚が取れなくなってしまったのだとか。テ・カーによる侵略はすでに始まっていて、ついにモトゥヌイにもその影響が及び始めたということなのでしょう。

こんな時だからこそ外の海へ出て魚を取るように努力しなければと提案するモアナに、現村長でお父さんのトゥイは「お前はただ外に出たいだけだろう」と大激怒。絶対に海に出てはいけないと言うのです。

お父さんがこんなにも頑なに外へ出ることを禁ずるのには理由がありました。かつてはモアナと同じように外の世界に憧れたお父さんは、親友と船を出したことがあったのです。でも、外の海は想像以上に厳しく、立ちはだかる大波や嵐に巻き込まれ、お父さんは命からがら島へと帰ってくることができたものの、親友の方は命を落としてしまったのですね。

だけどこんな時、うちに篭っていたって原因も突き止められなければ、解決策だって見つかるわけがない。もし本当にテ・カーの侵略が始まっていたのなら、近いうちにもトゥにいは闇に飲み込まれてしまう可能性だってあるわけです。

だからモアナは一人漕ぎ出します。けれど最初からうまくいったのかどうかは、ぜひご自身の目でお確かめいただきたいところですが...

そこで登場するのが、この作品のメインテーマとも言える楽曲、"How Far I'll Go"です。



大ヒットしたブロードウェイミュージカルの"Hamilton"で作曲とアレンジを務めたリン・マニュエル・ミランダによるこの楽曲、一歩踏み出そうという強い気持ちが表現された壮大なバラードなのですが、

モアナを演じるハワイ出身の16歳(!)、アウリイ・クラヴァーリョちゃんの力強い歌声は説得力に満ちています。まだ映画の序盤だというのに、思わず涙を誘われてしまうこと間違いなしです。

こうして広大な海へと飛び出したモアナ。
普通のディズニーアニメだったら、意思疎通の完璧にできる可愛い動物ちゃんと一緒に歌と踊りでカラフルな世界を大冒険するところですが、今作での冒険はそう甘いものではありません。

方角すらわからない海の上を2人くらいしか乗ることのできないヨットの上で一人過ごし、連れと言ったら意思疎通どころか自分が今何を食べているのかすら理解することのができず、見た目も全然可愛くない鳥のヘイヘイだけ。
今までのディズニー映画の常識を意図的に覆そうとしているのか、とにかくスイートな部分を徹底的に排除しているんですね。そここそが今作の冒険をより刺激的なものへと昇華してくれているといえるのではないでしょうか。

そして大嵐に巻き込まれてしまったモアナが目を覚ますと、そこで待っていたのは全身タトゥーだらけの大男。
この人物こそが、伝説のマウイだったのです。

マウイは自分のやってしまった事の重大さに気づいているのか、とツッコミたくなるくらいに自信満々。
初めて会ったばかりのモアナに対して、「言いたいことはわかってる。俺にありがとう、と言いたいんだろ?」と言って歌い始めるのが"You're Welcome"です。



人間達の周りにある水や風は全て俺のおかげ。だから感謝してるだろ? "You're Welcome"と歌う彼ですが、今は伝説の通り、彼自身も移動手段を失ってこの島に閉じ込められて困っている状態。

半分でも神様なら、飛んででもなんでも出ていけばいいじゃん、と言いたいところですが物事はそう単純でもなく。
実は彼の神様としての力の源は、全て魔法の釣り針のおかげ。テ・カーとの戦いで力を失ってしまった彼は、今やなんの力もないただの人間というわけです。

彼自身もそれを十分に理解しているからこそ、自信満々に見える態度はただ虚勢を張っているだけ。
もともと、彼がテ・フィティの心を盗み出したのも、半神半人という立場からどちらにも明確に属することのできない彼が、人間たちから愛してもらいたいという思いのあまりやってしまったこと。

そう考えると、どうしても彼が可愛らしく見えてきてしまうのです。

広い世界で自分の居場所を見つけたいと願うモアナと、自分の本当に欲しいものとは何かを模索し続けるマウイ。
言動だけを見ていると、一見噛み合わなさそうな2人ですが、その内面に迫ってみると、2人ともが本当の自分を見つけようともがいているという、しっかりとした共通点があったのですね。

笑いあり涙あり、でもラブロマンスと甘さは少なめ。そんな珍しいディズニー作品の結末に、明日から、いや、劇場を出たその瞬間から自分も何かにもう一度挑戦してみようという勇気をもらえること間違いなし!

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