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ムーンライト (Moonlight) ネタバレ少しあり感想

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オススメ度 ★★★★★



あらすじ


マイアミの貧困地域で、少年のシャロン(アレックス・R・ヒバート)は、今日も近所の子どもたちから追い回されている。

彼は、とある理由からいじめに遭っているのだ。

近くにあった廃屋に逃げ込んだシャロンだったが、そこにドアをノックする音が響く。
恐る恐るドアに近づいたシャロンの目に飛び込んできたのは、いかつい体をした大男。

彼の名はフアン(マハーシャラ・アリ)。ここら一帯を牛耳る麻薬ディーラーの親玉だ。

自分のことを一言も語ろうとせず、帰る家も口にしないシャロンを自分の家に招いたフアンは、パートナーのテレサ(ジャネル・モネイ)と共に彼をもてなした。

翌日、シャロンを家へ連れて帰ったフアンは、シャロンの母親ポーラ(ナオミ・ハリス)と会うが、どこか違和感を覚える。

その後再びシャロンはホアンの家を訪れた。そして、今までほとんど自分のことを語ろうとしなかったシャロンが、「ママなんて嫌いだ」と漏らす。

ポーラは麻薬の常習者で、家では男を連れ込んでシャロンの世話は放棄、挙げ句の果てにはシャロンに対して暴言を吐くのだった。

家にも学校にも居場所のなかったシャロンにとっての心の支えはホアンとテレサの住む家と、学校で唯一自分に対等に接してくれる親友・ケヴィン(ジェイデン・パイナー)だけだった。

そしてシャロンは、自分がケヴィンに対して特別な感情を持っていること、そしてそれこそが、自分が周囲からいじめられてしまう理由であることに、少しずつ気づいていく...

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感想


前評判から、2017年のオスカーは「ラ・ラ・ランド」で決まりかと思われていたところをひっくり返してまさかの作品賞受賞を成し遂げた今作「ムーンライト」

犯罪のはびこる貧困地域で、麻薬中毒の母親の元に生まれたゲイの少年の話...っていう概要だけを聞くと、「ああ、そういうのを評価するのが社会的に良いと思われるから賞をとったんだな」なんて逆に偏見を持たれてしまいそうですが、この映画を観ればわかるはずです。

この作品、文面だけでは判断できないくらいに心揺さぶる、一人の人間の一筋縄ではいかない人生の難しさを描いた物語だということに。

今作は3部構成となっており、主人公シャロンの子ども時代、少年時代、そして大人になってからの彼を3人の俳優が演じています。

まずはシャロンの生い立ちについて。マイアミの貧困地域に生まれたシャロンは、今日も今日とて近所の子どもたちにいじめられ、追い回されては石を投げられています。

逃げる事には慣れている彼は、近くにある、今や誰も住んでいないアパートの一室へ逃げ込みました。
暗い廃アパートの中、一人ぼっちでいじめっ子たちが諦めるのを待っていると、そこに一人の怖いおじさんが現れたのです。

フアン(マハーシャラ・アリ)というその男性は、何の用があってかこのアパートにやってきたと思ったらすぐに帰ろうとし、しかもシャロンのことをお昼ご飯に誘うってくるという怪しさ満点の黒人男性なのでした。

自分の家の場所、なぜあんなアパートの一室に立てこもっていたのか、何も話そうとしないシャロンのことを笑って許し、しかも彼が自分のことを話したくなるまで、一旦自分の家に連れていって休ませてくれるとまで提案してくれる優しいフアン。

彼のガールフレンドであるテレサ(ジャネル・モネイ)もとても優しく、今夜は彼の自宅に泊めてもらうこととなったのです。

翌日、ようやっと家の場所を話したシャロンを家に送り届けたホアンは、そこで彼の母・ポーラ(ナオミ・ハリス)と出会います。シャロンのことを心配していたと口にしながら、周囲の子どもたちからのいじめを知りつつ「この子は逃げるのが得意なのよ」と言ったり、自分の子どもを1日預かっていてくれたホアンにお礼の一言もないポーラの姿に違和感を覚えつつ、ホアンはその場を去ります。

ちょっと過保護なようには見えても、そんなに大きな問題を抱えているようには一見思えないポーラですが、実は家の中ではシャロンの育児を放棄し、家に男を連れ込んではドラッグに溺れるというひどい暮らしを送っていたのでした。

外では子どもたちにいじめられ、家の中では母親からの愛情を得られない。

自分が心を開くことのできる友達はたった一人。
他の子どもたちと違って、自分にも平等に接してくれるケヴィン(ジェイデン・パイナー)という男友達でした。

そんな彼に対してシャロンが特別な感情を募らせていくのは、もっと先の話となりますが...

どこにも居場所のなかったシャロンにとって、ホアンとテレサの家は唯一安らぎを得られる場所でした。
他の誰にも口にできない母親への不満なども口をついて出てしまうくらい。安心できる場所となっていたのですね。

まるで父親のように優しく接してくれるフアンでしたが、彼にはシャロンには言えない秘密がありました。
実はホアンは、周辺地域のドラッグディーラーを取り仕切る存在。つまり親玉のような存在だったのです。

ある日、自分が仕切る住宅街を訪れたフアンは、そこで思わぬ人物がドラッグをやっているところを発見します。
それはなんと、シャロンの母親・ポーラの姿でした。ポーラに対して母親としての責任を問うフアンでしたが、ポーラはこう返します。

「あんたは私の子供を育てるつもりなの!? あの子がいじめられる理由、あんたにもわかってんでしょ! あの子の歩き方を見てごらんなさいよ! 私はこれからもあんたのところからクスリを買い続けるよ。あんたのところからね!」

そして数日後。いつも以上に神妙な面持ちでホアンのところにやってきたシャロンは、フアンに問いかけます。

「『オカマ』って何? 僕は、オカマなの?」
フアンは答えに詰まりながらも、「そんなことないさ、例えお前がゲイだったとしても、それは今すぐはっきりさせないといけないことじゃない。いつかわかることだよ」と答えます。

その答えの内容をどう飲み込んだか判断が難しい複雑な表情をしながら、シャロンは次の質問をします。
「ママはドラッグをやってるよね?」 「あなたは、ドラッグを売ってるの?」

フアンは真っ直ぐにシャロンを見ることができませんでした。ただ、苦しそうに「そうだ」と答えることしかできません。
その答えを聞いて家を出て行ったシャロンの背中を追うことができないまま、フアンは涙が止まりませんでした。

この時のシャロンの気持ちを考えると、胸が苦しくてたまりませんでした。「救ってあげたい」なんて大層な気持ちではないのかもしれないけれど、けれど苦しい状況の中で生きていて、愛情を知らなかったシャロンに少しでも自分が何かを与えてあげたいと思っていた。

でも、その中でも一番大きな母親からの愛情を彼から奪っていた原因が自分にあったのだ、と突きつけられた彼の気持ち、その辛さは想像以上のものだったのだと思います。

観客である私たちの心に大きな爪痕を残したまま、ここで第一部は終了となります。

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高校生になったシャロンは、今も変わらず周辺の少年たちからいじめを受け続けていました。

なんらかの事情でフアンは既に亡くなっていましたが、テレサは今でも寝床を提供してくれて、心の拠り所であることに変わりはありません。

今でもシャロンがテレサの家に通わなくてはならないのは、母親ポーラの薬物依存がさらにひどいことになっているから。
テレサの家から自分の家に帰ると、家の前でポーラが待ち受けていて、「あの女からもらった小遣いをよこしなさい!」と大暴れ。彼女が自分に甘い言葉をかけてくれるのは、ドラッグが効いてラリっている時だけ。

家にも学校にも居場所がないのは変わらず、一人の心の支えを亡くしてしまっただけ。シャロンの憂鬱な日々は終わりを迎える気配がありませんでした。

自分によくしてくれるケヴィンに対して特別な感情を抱いていることに気付きつつも、彼はむしろいじめっ子たちと仲良くしている、日本のスクールカースト風に言うなら「イケてる」側の男の子。

シャロンに優しく接してくれるのは変わらないけれど、話の内容と言ったら「今日は学校の階段で女とヤってたら先生に見つかって怒られちまったぜ!」みたいなお盛んなことばかりで、自分の気持ちに気づくどころか、きっと打ち明けたら自分のことを嫌いになってしまうだろうことはわかりきっていたのです。

何もかもが自分の敵のようで、唯一自分のことを理解してくれる人間にも、自分の本心を伝えることができない。こんなにも苦しいことってあるでしょうか。

その後の展開は... とても衝撃的なドラマが続く、というわけではありませんが、それでも観た人それぞれが自分の人生を投影して感動することのできる、人間の感情が細やかに、でもストレートに描かれたものとなっています。皆さんにもぜひご自身の目で確かめて頂きたいです。

シャロンは3人の俳優がそれぞれの時代の彼を演じているのですが、その表情の中に隠しきれない憂いは全員に共通しており、肉体的にはだんだんと変遷していくシャロンでしたが、内面はしっかりと一人の人物として、違和感なく観続けることができた構成力、そして3人の演技力は圧巻でした。

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ドラッグディーラーが取り仕切る犯罪の多い地域に生まれ、母親が麻薬中毒で、その息子である主人公は、黒人社会では特に蔑まれる存在である、ゲイ。

この映画を日本で観た人々の感想の中で、「自分には全然関係のない別世界の話で、共感できなかった」というものが非常に多くて驚いてしまいましたが、たしかにそれも無理のない話かもしれません。

さらに私が観た回は、場所柄もあってか年配の方が多く、上映終了後に聞こえた会話では「男同士であんなことをしているところを見せられるなんて思わんかったなあ、気持ち悪くてたまらない」など、同性愛をテーマとして取り扱っていること自体に嫌悪感を抱いている方も多かったようです。

たしかに日本で「ゲイ」なんて都市伝説だと思われているみたいに、同性愛に連想されそうな行為は悪い冗談として用いられることも多いですもんね。私の父親も、テレビに同性愛者の人々が出ているのを見て、「最近は化け物が公然と出てくるようになった」なんて言っていたりもしたもので。特に中年以上の人々にとっては受け入れがたい存在なのかもしれません。

でも私は思うんです。そういった偏見が未だに横行している現代だからこそ、厳しい状況の中で同性愛者として生きるシャロンの物語が一本の映画として取り上げられるほど、こんなにも胸が苦しくなるドラマと成り得てしまうんだと。
本来ならば、普通の恋愛として受け入れられるべき個人の気持ちが、隠して生きていかなければ生きていくこと自体が難しくなってしまうほどの苦しみとしてのしかかってきてしまうんだと。

「自分には関係ないから」で終わらせたくない、心揺さぶる人生のドラマです。

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