わたしに会うまでの1600キロ (Wild) 感想

このエントリーをはてなブックマークに追加

jakcbsa.jpg

オススメ度: ★★★☆

あらすじ:

最愛の母(ローラ・ダーン)を失い、生きる道を見失ってドラッグとセックスに溺れた生活をしていたシェリル(リース・ウィザースプーン)。その結果、彼女は幸せだった結婚生活までを破綻させてしまう。

このままではいけない。母が愛してくれた、自分本来の姿を取り戻さなきゃ。

そして彼女は、その距離1600キロに及ぶ長距離自然歩道、パシフィック・クレスト・トレイルを歩くことで、自分を見つめ直す旅に出る...

jasbvdah.jpg

「自分探し」なんてものほど、意味のないものはない。

そもそも「本当の自分」なんてものは存在するはずもなく、あるとすれば今自分が置かれている環境で形作られているものが自分でしょう、と。

それがちょっと旅に出てみたからって「今の私は本当の私じゃない!」とか言い出すのは「本当の自分」ではないでしょう。だって、誰だって現状にある程度の不満は抱えているわけで、旅行やら長期休暇での滞在でそれらのしがらみから解放された場所へ行けば、「こここそが自分の居場所!」なんて風に考えるのは簡単なんです。

もしそこに本当に新たな人生を始めたとしても、またその場所でのしがらみに苦しみ始めたら「ここは自分のいるべき場所じゃない!」とか言い出すんでしょ? だったら、自分の今いる環境を受け入れて生きていくのが自然でしょう。

以上は①旅好き②結婚願望ゼロ③住む場所をすぐ変えたがる...という落ち着きのない私に対する、母からの教えだったわけですが、この「わたしに会うまでの1600キロ」を観たら、それは半分は合っているけど、半分は間違っているんじゃないかなと思わされてしまいました。

作家のシェリル・ストレイドのエッセイを原作とした今作は、最愛の母親を亡くして自暴自棄になりドラッグとセックスに溺れていたシェリルが、「お母さんが誇りに思ってくれていた私を取り戻す」ためにPCTと呼ばれる自然道を制覇すべくひたすら歩き続ける自分探しムービーです。

物語の性質上、プロットの運びはわりと単調。
PCTの中を歩くシェリルが、旅路で突然襲ってくる過去のトラウマと闘いながら、人との出会いを通して少しずつ過去の傷を克服していく...という物語で、シェリルが一人で自然の中で悪戦苦闘する映像が2時間超という時間のうちの大半を占めています。

しかしそれでも観客を飽きさせないのは、「ダラス・バイヤーズ・クラブ」で鋭い人間観察力を見せつけてくれたジャン=マルク・ヴァレ監督による圧倒的に美麗な映像、優しくも辛辣な人物描写の豊かさと、そしてなんといってもアカデミー賞で主演・助演に揃ってノミネートを果たした2人の女優たちによる圧巻の演技によるところが大きいでしょう。

nsjfdvsbh.jpg

シェリルが旅路で体験することは、彼女の前にある長い人生のメタファーです。

旅を続けるためと思ってたくさん詰め込んだ結果、自分の足で立って歩くこともできないほど大きくなってしまったバックパック。サイズが合わず、痛くて靴擦れしていたのに、それが当然のものだと思って履き続けていた靴。
しかしそれも旅先で出会った人たちのアドバイスによって、いらないもの、既に過ぎ去ってしまったものはどんどん捨てていく。靴は少し大きめなものを履くように。しかも既に履きつぶしてしまった、自分には合わない靴を新しいものと、なんと無料で交換してくれる業者だっている。

一人で立ち向かっていた時には気づけなかったことも、別のアングルから見れば意外なくらい簡単に抜けられてしまう場合もある。
今まで凝り固まっていた視界が、旅の途中で徐々に開けていくシェリルの様子演じるリース・ウィザースプーンの姿がなんとも生々しくリアルで、ワイルドに成長していく彼女に感情移入せずにはいられなくなります。

そしてシェリルが旅路で思い出す、最愛の母親を演じるローラ・ダーンの演技がまた素晴らしい。
優しくも常に明るさを失わず、自分のことよりも子ども達の幸せを一番に考えている。いつも誰かの妻だったり母親だったり、自分のアイデンティティーは、他人との関係性によってのみ成り立つもの。そんな自分が、ようやく自分の人生を歩み始めることができたと思ったのに...
絶望の淵に立たされながらも、子ども達には希望を与えようとする。シェリルたちにとってはまるで神も同然だった彼女の存在こそが、シェリルを旅の終わりまで導いたといえるのではないでしょうか。

そして旅の終わりは、意外なほどにあっさりと訪れます。
でも自分の中の変化って、終わりとともにドーンと現れるわけではなく、その過程でいつの間にか自分が変わっていたことに気付くものなのだと思います。
そしてシェリルは気付くのです。自分の愛した母はもういない。でもその現実を受け入れて、自分は前に進める。

つまり「自分探し」に旅に出ることって、自分の今いる現実を、少し離れた距離から見直して受け入れる作業のことなんじゃないのかな、と私はこの映画を見て考えました。

いろいろ悩みの尽きない世の中、「もういっそ旅にでも出たい!」なんて思っている方。
この映画を観て、「自分を探す」ということの意味についてもう一度考えてみてはいかがでしょう?

関連記事
スポンサーサイト
Theme: 映画感想 - Genre: 映画

Comment

Leave a Reply


管理者にだけ表示を許可する